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池田Mさんへの手紙

逝ってしまわれてから三年以上経つのですね。近頃しきりに池田さんの事が思い出されます。

昨年秋にアムネスティ・インターナショナル・日本の全国交流会が京都であり参加しました。
分科会の中で、私は「慰安婦問題」に加わりましたが、参加者の中から自然発生的に「慰安婦チーム」を発足させて、今後様々な活動を起こしていこうという相談がまとまりました。
そして、ブックレットの刊行、ニュースレターに「慰安婦問題特集」の掲載と現政権下での立法化にむけた日本政府宛のハガキを挿入、国際アムネスティと協力した各種の活動(手紙書きやロビーイングなど)等に動き出しています。

私は1980年代までは、先の大戦での戦争加害の歴史を殆ど知りませんでした。
池田さんも毎年参加なさっていた「アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ心に刻む会」で従軍慰安婦の事を知り身体が硬直するほどのショックと心の痛みを感じた事でした。
池田さんは会場からの意見を求められた時真っ先に手を挙げられ、ソウルでの教員時代に教え子を挺身隊に送った罪を懺悔なさいましたが、「池田さんも戦争の被害者なのだ」と発言されるお姿を痛々しく眺めておりました。
あのお姿は、現在、私が「なんとか自分でも出来る範囲の事をしなければ」という思いに駆り立てる原動力になっています。

ところで、私はひょんな機会からエスペラント語を学び始めて10年余りになります。
エスペラントは今から120年程前にポーランドのザメンホフ博士が異なる民族を結ぶ共通語として考案した言語です。
その頃のポーランドでは、様々な言語を持つユダヤ・ポーランド・ロシア・ドイツ民族が混在して生活していて彼らの間では反目と諍いが絶えませんでした。
博士は、これらの人々を結ぶ共通語があれば互いに理解しあえると信じて創り上げました。
「雨にも負けず」の宮沢賢治もエスペランティスト(エスペラントを学ぶもの)でした。
 
アムネスティの活動とエスペラントには共通するものがあります。
中国、朝鮮、日本の共同編集の「未来をひらく歴史」のエスペラント版も出されていますし、西野瑠美子さん著作の「従軍慰安婦のはなし」のエスペラント訳も日本のエスペランティストの手で出版されて私の手元にあります。

最近、京田辺市から生駒市に引越しするという学生時代の友人と電話で話をしているうちに、その友人は韓国のハンセン病のワークキャンプの関係で池田さんと知り合っていた事が分かりびっくりしました。
ポポロで「戦争と性を考える」というテーマでの松村Tさんのお話をお聞きし、私は元気を出して京都会館の「朝鮮人学校への攻撃を許さない!12・22緊急集会」にも参加しました。
池田さんはまさに「一粒の麦」です。どうか、あの絶やさぬ笑顔でこれからも私達を見守っていて下さいね。(冬きたりなば)

(ポポロ寄稿)

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