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また天国から地獄へ-名張ぶどう酒事件

以前、この事件に興味をもって、いろいろ調べたり、何回か現地を訪ねたりしたことがありました。
最近しばらく遠ざかっていましたが、今回の再審で、いままでの資料を読み直し、古いビデオをみました。
今回、再審が却下された後で、一日かけて、事件の現場を歩いてきました。

名張のとなりの「ききょうが丘」駅から歩いて、ぶどう酒を運んだトラックが出た旧農協前、ぶどう酒を買った酒店の前をとおり、
葛尾の村の入り口の県道添いに明治からつづいているという旅館があるのを見て、2時間ほどかかって村へつきました。
事件のあった公民館跡のゲートボール場、そして、そのとなりの墓地にお参りしました。
天気がよく、村は静かで、畑仕事をしている女性ひとりを見ただけでした。
墓地の入り口にあった奥西勝さんの家の墓がなくなっていて、そこには新しい墓が二つありました。
また、事件の重要な証人の一人である女性が4年前に亡くなっておられました。
帰りには、事件のあった日の折詰弁当をつくった、東田原の仕出し屋さんまで、休憩しながら2時間ほど歩きました。

この事件に興味を持ったのは、1審無罪、2審死刑という点と、その原因が村人の証言の変化(口裏合わせ)であり、
この村に、この国の社会の縮図を見るような気がしたからです。

この事件の被告人、奥西勝(T15.1.14生)さん有罪の重要な論点のひとつは、ぶどう酒と折詰弁当が何時に運ばれたかです。
そして、事件直後の証言を、3週間後に証人全員がひるがえし、それによって勝さんが有罪になるのです。
1審地裁は事件直後の証言を採用して無罪、2審高裁は3週間後の証言を採用して死刑となりました。

事件の経過は次のとおりです。
裁判所の判断は、「天国から地獄」へ揺れ動いています。
1961(S36)年3月28日 事件発生
1964(S39)年12月23日1審無罪判決
1969(S44)年9月10日 2審死刑判決
1972(S47)年6月15日 最高裁上告棄却、死刑確定
2005(H17)年4月5日  名古屋高裁、再審開始・死刑執行停止決定
2012 (H24)年5月25日 名古屋高裁、再審開始取消

2006年ごろに中京テレビが制作した動画が見れます。

http://www.youtube.com/watch?v=16nVNVJhOPg

村人の発言が印象的です。
これを見て、「もし自分が村人だったら、どうしているのだろうか?そして、その原因は何だろうか」と考えました。

 T.K生

東京新聞 TOKYO Web 2012年5月25日 夕刊名張毒ぶどう酒事件 奥西死刑囚の再審認めず

 三重県名張市で一九六一年、農薬入り白ぶどう酒を飲んだ五人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」の第七次再審請求差し戻し審で、名古屋高裁刑事二部(下山保男裁判長)は二十五日午前、弁護側が提出した新証拠は「毒物がニッカリンTではないことを示すほどの証明力はなく、確定判決に合理的な疑いは生じない」として、検察側の異議を認め、奥西勝死刑囚(86)の再審を開始しないと決定した。いったんは再審を開始すると判断した名古屋高裁刑事一部の決定(二〇〇五年)を取り消した。  今回の決定により、死刑執行の停止は取り消された。弁護団は決定を不服として五日以内に最高裁に特別抗告する。棄却されれば第八次再審請求も検討するが、奥西死刑囚の年齢から今回が事実上「最後の再審請求」と位置付けている。事件発生から五十一年、再審の扉が開かれるのは相当難しくなった。 差し戻し審の争点は、毒物が当初の自白通りニッカリンTか否かだった。高裁はニッカリンTを再製造し、最新機器で鑑定した。 決定は、ニッカリンTなら含まれるはずの副生成物が「エーテル抽出」という工程の後には検出されなかった点を重視した。 弁護側は、エーテル抽出の前段階では、副生成物が検出されたことから「毒物はニッカリンTではなく別の農薬だ。自白が根底から崩れた」と主張していた。しかし、下山裁判長は、飲み残しのぶどう酒から副生成物が出なかったのは、「(水と化学反応する)加水分解の結果、検出されなかった余地がある」とし、検察側の主張通り「毒物がニッカリンTでなかったとまでは言えない」と認めた。 ただ「加水分解した」との理由は、検察側も主張していない。それでも下山裁判長は、当時の鑑定は事件から二日が過ぎ、出るはずの副生成物が加水分解してほとんど残らなかった、と推論した。 奥西死刑囚は逮捕後、全面的に自白を翻したが、下山裁判長は「請求人以外に毒物を混入した者はいないとの判断はいささかも動かず、自白は十分信用できる」と判断した。 刑事裁判の原則「疑わしきは被告人の利益に」が再審にも適用されるべきだとした最高裁「白鳥決定」(一九七五年)以降、死刑囚の再審が開始されたのは財田川、免田、松山、島田事件の四件。開始決定がいったん取り消された免田事件も含め、いずれも再審で無罪となっている。 第七次再審請求は、〇五年に名古屋高裁刑事一部が「ニッカリンTを入れたとの自白の信用性に疑問が残る」として再審開始を決定したが、〇六年に高裁二部が取り消し。最高裁は一〇年に「毒物の審理が尽くされていない」として、高裁に審理を差し戻した。

<名張毒ぶどう酒事件>  三重県名張市葛尾の公民館で1961年3月28日夜、地元の生活改善グループの懇親会で、白ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡、12人が中毒症状を訴えた。死亡の5人は奥西チエ子(34)、北浦ヤス子(36)、奥西フミ子(30)、新矢好(25)、中島登代子(36)=敬称略、年齢は当時。奥西勝死刑囚は「妻(チエ子)、愛人(北浦)との三角関係を清算しようと、農薬を入れた」と自白し、翌月3日、殺人容疑で逮捕された。その後、否認、自白を繰り返し、公判では完全否認した。64年の津地裁は無罪、69年の名古屋高裁は死刑。一審無罪から二審の逆転死刑は前例がなかった。72年、最高裁が上告を棄却し、死刑が確定した。確定判決では、奥西死刑囚は公民館で1人になった10分間にぶどう酒のふた(王冠)を歯で開け、茶畑で使うために買ってあった農薬「ニッカリンT」を混入したとされた。

msn産経ニュース 名張毒ぶどう酒事件弁護側が特別抗告「一日も早い再審開始を」 2012.5.30 21:11  

三重県名張市で昭和36年に女性5人が死亡した名張毒ぶどう酒事件で、奥西勝死刑囚(86)の弁護団は30日、第7次再審請求差し戻し審で検察側の異議を認め、再審開始決定を取り消した25日の名古屋高裁決定を不服として、最高裁に特別抗告した。今後、最高裁が特別抗告を認めれば再審公判が始まるが、退けられた場合は第7次再審請求の棄却が確定することになる。 奥西死刑囚は体調を崩し、27日に名古屋拘置所から救急搬送されて入院しており、弁護団は特別抗告申立書で「一日も早い再審開始を」と要請。併せて、名古屋高検に死刑の執行停止と釈放を申し入れた。 差し戻し審では、ぶどう酒に混入された毒物が捜査段階の奥西死刑囚の自白通り農薬「ニッカリンT」だったのかが争点となった。高裁決定は「飲み残しのぶどう酒からニッカリンTの不純物が検出されなかったのは、鑑定まで時間が経過していたからだと推論できる」と指摘。ニッカリンTだとしても矛盾はないとして、平成17年4月の再審開始決定を取り消した。 弁護団は申立書で、「検察官さえ主張せず、鑑定人も科学的に説明できないとした問題を、裁判官が科学的知見に基づかない独自の推測を積み重ねて判断した」と批判。不意打ちの認定を違法とした最高裁判例に反するだけでなく、弁護側の防御権を侵害しており違憲だと主張した。 特別抗告後に会見した鈴木泉弁護団長は「最高裁は高裁決定を破棄した上で、(差し戻しではなく)自ら開始決定を出すべきだ」と話した。

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